俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会

各自治体首長のエッセイ

#6:俳句を通して日本の風景

秋田県にかほ市長 市川雄次
(会員誌「HI」No.136掲載)

秋田県にかほ市は、西に日本海、南に標高2,236mの鳥海山を併せ持つ風光明媚なまちです。にかほ市の象きさ潟かたは『おくのほそ道』最北の地として広く知られています。象潟は昔、大小百前後の島を浮かべた入り江であり、松島と並び称された景勝地でした。松島とともに同紀行の目的地とされ、芭蕉は『おくのほそ道』の象潟の章で「松島は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし」と対比して表現しています。そして、雨に打たれるネムの花と象潟の愁いある風情に中国の悲劇の美女「西施」を思い浮かべ、「象潟や雨に西施がねぶの花」と詠んでいます。この句は現地で「象潟の4 雨や4 西施がねぶの花」と詠んだものであり、後に「象潟や雨に…」に推敲して『おくのほそ道』に収めています。俳句は一字を変えるだけで内容や雰囲気が大きく変わります。それが俳句の奥の深さであり、魅力であります。

さて、景勝地・象潟は文化元年(1804)の地震で隆起し、陸となってしまいました。島々は現在、水田の中に点在し、往時を偲ばせており、昭和9年に国の天然記念物に指定されています。いにしえの姿とは大きく変わりましたが、能因や西行が詠んだとされる歌、芭蕉をはじめ一茶など多くの文人たちが訪れ、詠んだ俳句は永遠に残り続けます。これらの歴史や作品に恥じないように、今の象潟の姿を護り、未来に受け継ぐことがわたしたちの役割だと思っています。

芭蕉が『おくのほそ道』で象潟を訪れ、俳句を詠んだことはにかほ市にとって大きな財産であり、様々な広がりを生んでいます。『おくのほそ道』で象潟を知り、芭蕉の足跡をたどって本市を訪れる方は少なくありません。毎年開催している「奥の細道象潟全国俳句大会」にも由緒ある地の大会として多くの句が寄せられています。また、芭蕉が対比した宮城県松島町と夫めおと婦町の盟約を結び、象潟の句に詠まれた西施のふるさと中国浙せつ江こう省しょう諸しょ曁き 市とは友好都市として、それぞれ交流を深めています。さらににかほ市は、奥の細道サミット、おくのほそ道の風景地ネットワーク、そして俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会に加盟し、関係自治体や団体と連携し、『おくのほそ道』や俳句を世界規模で普及していこうと進めています。

『おくのほそ道』や俳句を世界に発信することは、日本の風景、日本人の心を伝えることであり、日本を理解していただく一助となります。そのためにも私たちは日本を再認識し、日本の文化を継承していこうという意識をさらに高めていく必要があると思います。 (俳句ユネスコ会員)