俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会

各自治体首長のエッセイ

#12:松風

宮城県岩沼市長 菊地啓夫
(会員誌「HI」No.143掲載)

岩沼市は宮城県南部に位置し、東は太平洋を臨み、南では国内6位の239㎞、流域面積は5,400㎢の大河川である阿武隈川が東流し、太平洋に注いでいます。また岩沼市は国道4号と同6号、JR東北本線と同常磐線が合流する交通要衝の地として知られておりますが、これは奈良時代にはじまった律令国家による街道建設の際に、東山道と東海道から延長された街道が、岩沼の地で交わるようにつくられたことに端を発しています。近年、合流地点に設置された玉前駅家に関連する遺跡が発見され、大きな注目を集めています。
このように都と北方の地とをつなぐ街道の途上にあったこの地を多くの人々が往来しますが、その中で都人の目に留まった「武隈の松」が陸奥国における著名な歌枕のひとつとなり、勅撰和歌集にはこの松をテーマとした和歌が多数詠まれています。松は様々な理由によって、しばしば失われてしまいますが、その度に歌枕の地であることを誇りとしていた里人らによって植え継がれてきました。

俳聖松尾芭蕉は岩沼の地で、「桜より 松は二木の 三月越」の句を詠んでいます。そして武隈の松を目の当たりにできた感動を、「いまはた千歳のかたちとゝのほひて、めでたき松のけしきになん侍りし。」と表し、『おくのほそ道』の文中で一つの樹木に対しては最大級とも言える賛辞を贈っています。これは芭蕉俳句の真髄である「不易流行」の精神を、松を代々植え継いできた里人の姿に垣間見たためかもしれません。
現在の松は七代目とされるものですが、樹形は芭蕉が見た五代目の松のように根元から1mほどで分枝し、秀麗な枝ぶりを誇っています。わたしたちも先人に倣い、未来へ向けて地域の財産を守り伝えていきたいと思っております。

岩沼市では、現在の松を昭和44年に「二木の松」として文化財指定し、松が存在する一画を「二木の松史跡公園」として整備しています。また、「おくのほそ道の風景地」として国名勝となったことを契機として、歌枕として知られた武隈の松を後世に伝えるため、市内の小学校高学年と中学生を対象とした「奥の細道いわぬま二木の松俳句大会」を開催しております。目や心に留めた風景や季節の移ろいを、僅か17文字に凝縮して表現するのは非常に大変なこととは思いますが、子どもならではの自由な視点から編み出された句を見ると、俳句には豊かな感性の醸成に大きな効力があることが強く伝わってまいります。

俳句という文化は、今や日本固有のものではなく、海外にもたくさんの愛好者がみられるようになりました。この協議会の活動を通じて、日本発のすばらしい文化がさらに大きく広まることを期待しております。