#32:詠みたくなるまち、鎌倉
神奈川県鎌倉市長 松尾 崇
(会員誌「HI」No.164掲載)
「波音の由比ヶ濱より初電車 高浜虚子」
近代俳句の祖、高浜虚子先生が鎌倉に移り住まわれてから今年で110年余。先生が乗られた江ノ電は、今も変わらず波のきらめきを受けながら鎌倉のまちを走り続けています。
鎌倉市は、神奈川県東部の三浦半島付け根に位置する、人口約17万人の都市です。古代から中世への転換期において、源頼朝公をリーダーとする武家が日本で初めての武家政権を樹立し、幕府を開いた地です。四季折々の美しい自然環境とゆたかな歴史的遺産をもつ古都として、これまで多くの人々を惹きつけ、その情緒が詠まれてきました。
「鎌倉に清方住めり春の雨 久保田万太郎」
「夕刊を読む秋の灯をともしけり 吉屋信子」
特に明治から昭和にかけての近代において、鎌倉には多くの文学者が移り住み、総称して「鎌倉文士」と呼ばれるようになります。前述の高浜虚子先生をはじめ、久保田万太郎先生、吉屋信子先生などの鎌倉文士が、日々の暮らしのなかで感じた鎌倉の風情を句に残してきました。旧居宅跡などのゆかりの地に建てられた句碑や案内板を前にすると、景色や音、匂いが句と一体となり、鎌倉文士たちが十七音に込めた思いが心に迫ってまいります。
現代も鎌倉同人会主催の実朝忌俳句大会や、俳句ユネスコ登録推進協議会理事である星野高士先生が館長を務められます鎌倉虚子立子記念館主催の鎌倉全国俳句大会など、全国の俳句愛好者を対象とした句会が鎌倉で開催されています。また、誰もがその場で気軽に投句できるようにと、鎌倉俳句&ハイク実行委員会による俳句ポストの設置は市内20箇所に上り、多い年で1万句以上を投句していただいております。小・中学生による投句もあると伺っており、今もなお鎌倉のあちこちで、幅広い世代によって句が詠まれていることを嬉しく思っています。
これからも先人たちが十七音に込めた思いを引継ぎ、俳句を愛する皆様にとって、詠みたくなるまちであり続けられるよう、精一杯努めてまいります。そして、日本が誇る俳句文化がユネスコ無形文化遺産に登録され、その魅力がより一層世界へ広がりますよう、皆様とともに取り組み続けてまいりたいと存じます。